私たちの現実の世界というのは、実は存在しないようなものです。
それはまるでコンピューターゲームの中で生きているようなもので、そもそも私たちの存在そのものが幻想と現実の「間」にあることを、この記事を通してお伝えします。
また、今回は仏教の「空」の視点や量子力学を取り入れ、真の自由への扉を開くために必要なこととは何か、具体的に説明していきたいと思います。
この記事を読んで、皆さんが現実という幻想から脱却し、真の自由を手に入れる方法を知り、人生を創造していくきっかけになればと思います。
なぜ、私たちの「現実」の世界は幻想なのか?
私たちが生きている(と思っている)この世界の本質を理解するためには、まずはこの現実を見て感じている「自分の存在」を理解する必要があります。
そもそも、私たちが世界を捉えるとき、五感(見る、聞く、触れる、味わう、嗅ぐ)を通じて、世界を理解しています。
正確には「一人ひとり」の「脳」が「認識」している「情報空間」を通じて理解している、と言えます。
例えば、目の前に「燃えている火」があるとします。
これに手が触れたとき、それが電気信号になって脳に伝わり、それが「熱いもの」と脳が処理をして、理解し手を引っ込めるという行動をします。
また、きれいな夕日を眺めたとき、目から入ってくる「夕日」を、目の神経細胞を通じて脳にその情報がいきます。
そして、脳でその情報を処理し理解し「わぁきれい!」という感情につながります。
何が言いたいんですか?といいますと
このように、目の前に起きている現実(と思っている)ことは、実は単に「脳が処理した情報」を「現実」と思っているのです。
「はい?何をいっているんだ?」
「だって実際に目の前に存在しているじゃないか?」
そう思うかも知れません。
ですが、あなたが今見ているこの記事の「文字」が、隣にいる人も全く同じ「文字」を見ているのでしょうか?
例えば、「赤」という色があるとしまう。
あなたの脳内はこの色を→「赤」と認識していますが
あなたの隣の人の脳内の赤色は→「赤」と認識している可能性もあるのです。
なぜなら、一人ひとりの脳が認識しているものを、全員が全員、全く同じものを見たり感じたりしていると、誰も証明できないからです。
言い換えれば、私たちは一人ひとり、この「脳」に閉じ込められた存在であるといえるでしょう。
もちろん、熱いものを触ったら手を引っ込めますし、寒い時は体が震えたりします。
その"感覚"はあまりにも「リアル」に感じる「脳」を私たち一人ひとりが持っているからこそ、現実と思ってしまうとも言えます。
あなたが見ているこの世界は、本当に存在しているのでしょうか?
それとも、単に、脳が見させている幻想なのでしょうか?
このように、そもそも私たちの存在そのものが幻想と現実の「間」にいるような「あいまいなもの」なのです。
実はこのような考え方を、すでに2500年前のインドで生まれたブッタが、教えを通じて解いているのです。
この世は "空 "であるという仏教の思想
当時ブッタは、こういった悟りを開きました。
私たちの世界は、あるようでなく、ないようであるという "空 (くう)"である
この考え方は、仏教の思想において長い歴史があります。
仏教では、「空」の概念は究極の真理であり、仏教の目標である「悟り」を得るための鍵であるとされています。
「空」の思想は、すべてのものは、まるで川の水のように流れていき(無常)、常に変化していくものであるという理解に基づいています。
例えば、目の前に「机」があるとします。
それは、私たちの目からは固体で、触れることができ、硬くて安定したものだと、実体があるかのように脳が認識しています。
認識はできているので、そこにあたかもずっと存在しているように感じますが、実際は少しずつ、空気や人が触れることで形が変わっていっています。
常に流動的な形の一過性の状態に過ぎないという考えです。
机などの物体だけではなく、もちろん、この世界を捉えるための「身体」や「心自体」も、同じように空の存在であると説いています。
この空という考え方は、無常を理解し、目の前の現実は確かに存在している、という概念を払拭するために、仏教にとって不可欠なものです。
また、私たちが理解している枠を超えて、私たちの世界や存在自体を、大きな視点で捉えるのを助けてくれます。
このように「空」は、なんとも捉えどころのない、ふわふわした理解し難いものです。
そして、現代の科学の量子力学において、この「空」の考え方に共通点があるのです。
素粒子から見たこの世の不思議
量子力学は、原子や素粒子レベルの粒子の振る舞いを研究する学問です。
簡単に例えるならば、この世界にある物質を、どんどん分割していって、これ以上分割できないところまで分割したものが「素粒子」で、
その「素粒子」を研究する学問です。
この学問は、物質、エネルギー、現実の本質についてとても興味深いものがあります。
素粒子は、私たちが「見る」という行為をすると、その振る舞いが変わるのです。
時に「波」の状態になったり、「粒」のような振る舞いをしたりと、まるで見られているのを意識しているかのような、不思議なことが起きるのです。
詳しくは、こちらの記事でまとめていますので、ぜひ参考にしてみてください。
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目の前に存在している(かのように見えるもの)も、もっと細かく分割していった世界では、全く別の現象が起きているわけです。
そして、ここが面白いところです。
素粒子と素粒子は、それぞれの間には、隙間が存在して、その空間をぎゅっとひとつに押しまとめると、
この地球が1個のテニスボールくらいの大きさになるとも言われています。
ですので、この現実は果たして、本当にあるのか?または空っぽの空間なのか?という
またなんとも捉えどころのない、ふわふわした理解し難いものなのです。
真の自由を手に入れるためにするべきこと
私たちの存在は、結局「あるようでなく、ないようである」という曖昧な存在なのです。
このことが腹の底から実感できた時、私たちはいくらでも人生を創造していくことができるのです。
まるでゲームを一つずつ攻略していくような感覚をもって、この現実(と思っているもの)を構築していくことができます。
では、このゲームの攻略において一番大切なものはなんでしょうか?
それは、私たちが日々発している「波動」が鍵になります。
これは「波動同調の法則」とも「引き寄せの法則」とも言われているものです。
要するに、似た波動のものは、お互い引き合う、ということです。
私たちの人生の中で、この作用はずっと働いています。
似たもの同士が集まる、似たもの夫婦、飼っているペットの性格は飼い主と似る、などのように、人間同士でも引き合います。
これは、原子が電子の周りを回っているように、常に同じ波動のものが引き合っています。
そして、今あなたの目の前で起こっていることは、あなたが過去に発した波動が、今時点に引き寄せられた、ということです。
あなたが苦しみの中にいたり、望んだような今になっていないとしても、安心してください。
今、あなたが発する波動が「豊かさの波動」に変わるのならば、時間差であなたの元にその現実が引き寄せられます。
考えても見てください。
同じくらいの学力や実力がある二人がいるとして、一人は豊かに幸せに生きているのに、もう一方は、不幸の中に身をおいていることがあります。
それは二人の発する波動の違いがあるからこそ、彼らの現実が違っているのです。
波動を理解していくには、こちらの記事で詳しくまとめていますので、ぜひ参考にしてみてください。
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まとめ
私たちが現実と思っているものは、実は絶対的な現実ではありません。
なぜなら、私たちは一人ひとりの「脳」でこの世界を捉えていて、全く同じ見方でこの世界を見ていません。
まるで、脳という監獄に一人ひとりが閉じ込められているとも言えます。
逆を言えば、この現実が「曖昧なもの」と腹の底から理解できれば、現実(と思っているもの)を自分の望むように変えていくことができるのです。
今ある常識や自分の周囲が全てではないのです。
現実という観念を解体し知覚の束縛から解放され、真の自由を手に入れていきましょう。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。